【から(韓)くに便り】ソウル支局長・黒田勝弘 当たり前の教科書
2008年04月01日 産経新聞 東京朝刊 1面

 韓国でも「新しい歴史教科書作り」が始まっている。その一つとして最近、高校の韓国近現代史で「代案教科書」と銘打った試作品が出版された。

 既存の教科書に不満の保守派の学者たちでつくる「教科書フォーラム」が編集したものだが、左派系メディアなどからはたちまち「韓国版・フソウシャ(扶桑社)教科書」と非難されている。

 なぜ「フソウシャ」かというと、この新しい教科書作りが日本の「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に似ていて、その内容も日本で新しい中学歴史教科書を発行した「扶桑社」の教科書と同じく歴史歪曲(わいきょく)だからという。

 たとえば韓国の「新しい教科書」は日本統治時代を美化し、韓国現代史でも李承晩、朴正煕時代を高く評価するなど過去を歪曲、正当化しているというのだ。

 批判派からすると、日本の「フソウシャ」を持ち出すことで世論の批判を誘導しようという計算もある。

 早速、KBS(韓国放送公社)放送の朝のラジオ・ニュースで電話インタビューを受けた。予想通り「フソウシャ教科書と同じとする批判があるが?」という質問が出た。

 これには「扶桑社教科書は中学歴史の通史だから質、量とも比較にならないが、似ている点があるとすれば、歴史を多角的かつ明暗均衡が取れた記述にし、次世代の国民が自らの国、民族の歴史に誇りがもてるよう、明るく元気が出るような内容にしようとしていることだろうか」と答えておいた。

 韓国では1980年代後半以降のいわゆる民主化で、左翼・親北思想が解禁された。とくに90年代後半以降の金大中・盧武鉉政権下で各界にそれが浸透した。教科書も当然その影響を受けた。

 左翼民衆史観というのだろうか、国・政府のやることはいつも“悪”でそれに対する批判、反対、抵抗は“善”というわけだ。

 その結果、韓国現代史では野党弾圧など政治的独裁状況や反政府闘争など“暗”が強調され、韓国が経済力で世界10位圏近くまで発展した“明”の歴史は目立たないという記述になっていた。いわば韓国版・自虐史観である。

 たとえば「新しい教科書」の文化面のところでは、代表的な現代映画として「星たちの故郷」や「風の丘を越えて(原題・西便制)」など定評のある名作が紹介されている。ところが従来の教科書では朝鮮戦争時の親北・左翼ゲリラを描いた「南部軍」や反政府闘争の光州事件が素材の「花びら」になっているのである。

 ラジオ・インタビューではさらに「代案教科書には植民地美化という批判があるが、どう思うか?」という。これには「あの時代を日本支配による抑圧と受難、それに対する民族的抵抗で描くという、基本的なワクに変化はないように思う」とした上でこう答えておいた。

 「それでもあの時代に経済成長があり、人口が増え、身分社会が壊れ、女性の社会進出が始まり、新しい近代的な考え方や生活スタイルが広がったことなど、多様な面が新たに記述されている。韓国人も余裕が生まれ歴史を客観的に見るようになったのではないか」

 当たり前の教科書作りに今やお互い(?)苦労している。